2022年、「情報Ⅰ」が高校の必修科目となった。プログラミングから情報セキュリティ、ネットワークの基礎まで、これまで独学や現場で身につけてきたITの基礎知識を、教科として体系的に学ぶ時代が始まっている。2025年1月からは大学入学共通テストにも採用され、国立大学ではほとんどが受験必須となった。この教育を受けた世代が大学を卒業し、社会に出るのが2029年。企業はどう受け入れ、どう活かすのか。「情報Ⅰ」世代に近いArmorisのメンバーとTOPPANで情報セキュリティに携わる川上久美子さんが語り合った。
羨ましい一方で懸念も 「情報Ⅰ」世代の少し先輩が語る本音
――2022年から高校で必修となった「情報Ⅰ」。Armorisには、その世代の少し先輩にあたるメンバーが多く所属しています。皆さんは、この教科をどう見ていますか?
江口率直に羨ましいです。私はプログラミングから入って独学でやってきましたが、最初はセキュリティという概念すら知らず、今振り返ると平気で危険なコードを書いていたなと。どこまで深く学べるかは別として、「その存在を知っておける」というのは大きいと思います。
小野寺同じく羨ましい反面、使う場面がなければ本当の意味では身につかない、というのも実感としてあります。だからこそ、必要になったタイミングで改めて学べる場があると、より良いのではないかと思っています。
爲谷実際に「情報Ⅰ」を受けている学生に話を聞くと、教育として本当に成立しているのか、正直不安を感じることもあります。情報分野は専門性が高く、教える側も難しい教科だと思うので。ただ、全員が一定水準の基礎に触れているという事実は大きい。そういう意味では、かなり心強い世代になると思っています。
基礎は、積み上げるほど効いてくる
――ITの基礎をしっかり学んでいると、実践の場でどのような違いが生まれますか?
高田大元の仕組みを知っているかどうかで、判断の速さが全然変わってきます。私自身、サーバーやネットワークを実際に触って学んできた経験が、情報セキュリティの仕事のあちこちで生きています。基礎って、積み上げれば積み上げるほど効いてくるんですよね。
江口基礎がないまま社会に出ると、知らないと気づいたときにはもう手遅れ、ということもあります。必ずしも先輩が丁寧に教えてくれるわけじゃありませんしね。私自身、基礎は周囲においていかれないための、自分の価値を保証するものだと思っています。
小野寺基礎があると、新しいことを学ぶときの吸収が早いです。たとえば、プログラミング言語を1つ身につけていれば、次の言語は「方言が違うだけ」という感覚で習得できる。基礎がある人は応用に集中できる分、確実に差が開いていきます。
爲谷同感です。基礎ができていると認知負荷が下がりますよね。私たちの仕事では、公開されている脆弱性情報を読んで、実際に再現・検証することがあります。ただ、そういった記事には再現に必要な情報がすべて書かれているわけではない。でも基礎があれば、どうすれば再現できるかすぐに見当がつく。理解に使うエネルギーが少なくて済む分、より深い分析や考察に集中できるようになるんです。
障害対応からお客さまとの価格交渉まで ITの基礎は、あらゆる仕事に効く
――川上さんは、ITの基礎が業務に役立ったと感じたことはありますか?
川上あります。私はもともとITを専門に学んでいたわけではなく、現場で揉まれながら身につけてきたタイプです。転機になったのは新人の頃。巨大なシステム開発プロジェクトでいきなりRFP(提案依頼書)を書く担当になりました。入門書を渡され、とにかく読んでやり切るしかないと。
あの経験が今どこで生きているかというと、障害対応の切り分けと、お客さまとの価格・納期交渉です。データベースがどう動くか、どう作ったら落ちるか。原理原則が頭に入っていると、「この設計はまずい」という判断ができる。「この要件だとコストが倍になります」「ここまでなら折り合えます」と、根拠を持って交渉の場に臨めるようになるんです。
つまり、ITの基礎を学ぶべきは、決して情シスやITエンジニアだけではないということです。営業でも企画でも、基礎があると仕事の解像度が上がる。お客さまへの提案も、社内での立ち回りも、確実に変わってくるんです。
本多まさにその通りで、基礎を学ぶと、「できること・できないこと・頑張ればできること」を見極めやすくなります。経験だけだと「なんとなくそう思う」で終わってしまいがちですが、基礎とは、そのなんとなくに根拠を与えてくれるものだと思っています。
「情報Ⅰ」世代を受け入れる企業側に必要な準備とは
――2029年から「情報Ⅰ」を学んだ世代が入社してきます。受け入れる企業側はどんな準備が必要だと思いますか?
川上知識は、使う場面があってこそ身につくものです。ですから、受け入れる側がまずすべきは、学んできた知識を具体的な業務に結びつけてあげること。「あなたが学んできたことは、この業務のこの場面で使えるんですよ」と、具体的に示してあげることが第一歩です。
ただ、受け入れる側も完璧に準備できるわけではないと思います。新人から教わるくらいの姿勢でいることも大切。アナログ志向が強い職場ならなおさら、この世代が入ってきてくれること自体、社内の意識を変えるきっかけになるでしょう。
大事なことは二つ。知識を経験に変える仕組みと、「この知識って自分の業務のどこで役立つんだろう」と社内で翻訳して広めていける人材です。その両輪が揃ってはじめて、受け入れ態勢が整うと思っています。
トップアスリートが基礎トレーニングをやめないように、ITの基礎もずっと向き合い続けるもの
――Armorisでは、あらゆる職種の皆さんがITの基礎を身につけ、業務に生かせるよう、5日間の「DOJO Shot ITトレーニング(基礎学習Week)」をスタートします。
本多ITやセキュリティの世界で活躍する人たちには、共通点があります。授業で学ぶだけではなく、自分で手を動かすうちにいつの間にか身についていた、ということです。なぜコンピューターが動くのか、なぜネットワークがつながるのか。そういった仕組みへの関心が、より良いIT活用やトラブルへの対応力に直結する。その確信が、この講座の出発点にあります。
特にこだわったのが、元ネタへの導線です。たとえば、いろんなところでよく聞く「機密性・完全性・可用性」という情報セキュリティの三要素。「なんとなく聞いたことがある」で終わらせるのではなく、「どの文書のどこに、どんな文脈で書いてあるのか」まで自分で確かめられるようにしました。根拠を知っていると、知識の使い方が変わります。
もうひとつこだわったのが、最新の事件・事故事例を随所に盛り込むことです。教科書的な知識だけでは、「なぜ今これを学ぶのか」がピンとこないことも多い。実際に起きたことと結びつけて解説することで、リアルに感じてほしいと思っています。
この講座のゴールは、5日間でITの基礎を詰め込むことではありません。トップアスリートが決して基礎トレーニングをやめないように、ITの基礎も継続的に向き合い続けるもの。この講座は、そのための土台、「ものの見方」を養う入り口として活用いただきたいです。
義務感で学ぶのではなく、「知るって楽しい」と感じてほしい
――最後に、講師の皆さんから「DOJO Shot ITトレーニング(基礎学習Week)」を受講する皆さんへ、メッセージをお願いします。
高田ここで得られる知識は、日常や仕事のさまざまな場面で長く使えるものです。特定の職種や部門に限らず、ぜひ幅広い方に受けてほしいと思います。
江口すでに実務で知識を持っている方も、学び直すことで必ず新しい気づきがあります。「なんとなく知っているけど、自分には関係ない」と思っていた部分がつながったとき、見えていなかったものが見えてくる。そういう発見を持ち帰ってほしいです。
小野寺どのテーマも、「なぜそう動くのか」を追求していくと、コンピューターやネットワークの根っこの仕組みにまでたどり着けます。そういった部分にまで興味を持っていただけるようにしたいです。
本多私がIT関連の仕事を25年続けてこられたのは、仕組みを知るのが純粋に楽しいからです。電子メールの仕組みは40年以上前に設計されたものが今も使われていますが、基礎とはそんなふうに、時代が変わっても色褪せないものです。義務感ではなく、「知ることが楽しい」という感覚を持ち帰ってほしい。この講座をきっかけに、ITと継続的に付き合っていこうという気持ちになる人が一人でも増えたら、それが一番嬉しいです。
――企業で情報セキュリティに携わる川上さんからも、一言お願いします!
川上現場で業務を続けていると、原理原則がいつの間にか簡略化され、マイルール、ローカルルールに変わってしまうことがあります。それ自体は避けられないことでもある。ただ、「本来はこうだったはずが、今はこういう理由で形が変わっているんだ」と自覚できている人と、そうでない人とでは、判断の質に大きな差が生まれます。だからこそArmorisの皆さんには、正しい知識を発信し続けてほしい。私たち企業側も常に学び、補正し続けていく。そういう関係を、これからも築いていきたいと思っています。